奈良・京都・大阪・滋賀の遺跡ニュースの記録・2007年(NO33〜37最新) 

●元々遺跡が好き・・・遺跡に接してタイムスリップ!

【考古学に興味を持ったのは、大学1年の時からです。考古学研究会で遺跡の発掘をしたり、友達と明日香村を訪れて、散策していました・・・
遺跡ニュースをメモ程度に簡単に綴ります】


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NO37.●2007.3.1

「継体天皇陵で巨大石組み」見つかる

大阪府高槻市・今城塚古墳(6世紀前半、前方後円墳)で、墳丘に埋め込まれた巨大な石組み跡が見つかったことを、同市教育委員会が1日、発表した。横穴式石室を支える基礎だったと見られ、高度な土木技術を駆使した施設。この古墳の墳長は190m、二重の周濠がある。宮内庁は大阪府茨木(ばらき)市の太田茶臼山古墳を継体陵としているが、高槻市のこちらの古墳が真の継体陵とされている。



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NO36.●2007.2.7

「飛鳥浄御原宮の北限」見つかる

奈良県明日香村の飛鳥京跡で、7世紀後半の精巧な石組み溝が見つかったと、県立橿原考古学研究所が6日発表した。巨岩と小石を積み分けた2段構造で、水流調製のため溝と溝の合流地点では深さが変えられている。天武天皇時代(673〜686)の飛鳥浄御原宮の北限だった可能性が高いとされている。このことから飛鳥浄御原宮は南北に800m、東西に500mと飛鳥盆地全体に広がる大規模なものだったことが推測されるそうだ。

(写真;飛鳥浄御原宮があった飛鳥盆地・明日香村)


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NO35.●2007.2.2

「入鹿邸の石垣・武器庫跡」新たに見つかる

奈良県明日香村の甘樫丘の東南の麓の蘇我入鹿邸宅跡(7世紀前半)で、新たに石垣や建物、塀の跡が見つかったと奈良文化財研究所が1日発表した。石垣は高さ1m、長さ15mで直径25cmぐらいの花崗岩が使われている。傾斜地を補強する目的で造られた。倉庫や雑舎と見られる建物跡も発見された。入鹿邸は外敵の進入に備え、武器庫を建て武装した武士を常駐させた。丘全体は自然の要塞となっていた。ここから3km離れた畝傍山付近にも邸宅があり、武器庫も備えていた。
(写真;甘樫丘からの眺望・・畝傍山)


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NO34.●2007.1.26

「喪船(もふね)」の一部 新たに見つかる

奈良県広陵町の巣山古墳
(特別史跡、4世紀末〜5世紀初め)で、周濠の底から新たに「喪船(もふね)」と見られる舟形木製品が見つかったと広陵町教育委員会が25日に発表した。喪船は死者の木棺を運ぶための船。「中国・隋の文献に『(日本では)死者の棺を船に置き、陸地で引く』と記されている。


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NO33.●2007.1.25


「木の埴輪」出土・・大きさは最大級・・板状木製品がここにいたじょう

奈良県高取町の市尾墓山古墳(6世紀前半・前方後円墳)で、周濠跡から「木の埴輪」が見つかったと高取町教育委員会が24日に発表した。楯か儀式用のつえをかたどったと見られ、長さは2mの板状木製品。木の埴輪としては最大級。もとの長さは3mぐらいあったのでは・・という説もある。同古墳では過去にも鳥形や笠形の木製品が出土してます。

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