NO19. (2007.3.1)
★「梅花の宴」の万葉歌
●梅を折って、「贈ったり」「髪に挿頭(かざ)す」趣向がもてはやされた
【梅は厳寒に耐え、春百花に先駆けて咲き、芳香を放つので祝辞に飾る花として喜ばれました。中国の唐の時代、冬でも美しさを失わない「松竹梅」を「厳寒の三友」と称したそうです】
★梅の初登場の文献は・・「懐風藻」
梅は古来、詩歌の主要な題材であった。日本で梅が初めて文献に登場するのは、751年に成立した最古の漢詩集の「懐風藻」。葛野王の「春日鶯梅(かすがおうばい)をはやす」という詩に梅が出てくる。「懐風藻」より古い、日本書紀・古事記には梅は出てこない。
★万葉集では桜より梅が人気
桜は40首に対して、梅は3倍の120首と人気が高い。最も多く詠まれたのは140首の萩(はぎ)。
★梅の歴史・・遣唐使によってもたらされた
梅の原産国は中国。遣唐使や修行僧が持ち帰ったとされる。日本に当初流入したのは白梅。紅梅は仁明天皇(833〜850)の時代に仁寿殿前に植えられたのが最初といわれている。
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★「野遊び」や「梅花の宴」で詠まれた歌
万葉花(69) ◆ももしきの 大宮人は 暇(いとま)あれや 梅を挿頭(かざ)して ここに集(つど)へる
(作者不詳 巻10 一八八三)
(訳;ももしきの大宮人は暇があるからか、着飾って梅を髪に挿頭(かざ)して ここに集まっていてたのしそうだなあ)
万葉歌の「春の雑歌・・野遊び」の歌4首のうちの1首。野遊びとは春の野で行われる宮廷の遊覧行事。大宮人が、春日野の地で梅を頭にかざして集っていた様子がわかる。
万葉花(70) ◆雪の上に 照れる月夜に 梅の花 折りて贈らむ 愛しき児(こ)もがも
(大伴家持 巻18 四一三四)
(訳;雪の上に月が輝いている夜、梅の花を折って贈るような、愛しい女の人が欲しい)
大伴家持が宴席で「雪月梅花」を詠んだ時の歌。全ての趣が備わった贅沢な歌とも言える。愛しい女の人が欲しい・・という部分は興を盛り上げたことでしょう。
【大伴家持・・718〜785、大伴旅人の長男。万葉末期を代表する歌人。少納言、兵部少輔の後、天平宝字2年に因幡守となった】
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★天平2年(730)年、九州・太宰府の大伴旅人の宅で詠まれた梅花の宴の歌、32首のうちの3首
【大伴旅人・・665〜731、奈良時代の貴族・歌人。父は大伴安麻呂。藤原不比等の死後、朝廷の重臣となり文武官を歴任。晩年、太宰府長官として赴任。この歌は太宰府で、太宰府の官人や知人を集めた時に詠まれた。この宴には山上憶良や小野老などの「築紫歌壇」の歌人も参加した】
万葉花(71) ◆わが宿に 盛りに咲ける 梅の花 散るべくなりぬ 見む人もがも
(大伴旅人 巻5 八五一)
(訳;わが家に今満開に咲いている梅の花が、もう散りそうです。誰か見てくれる人がいるといいなあ)
大伴旅人は宴の主人として梅の歌を披露した。
万葉花(72) ◆わが園に 梅の花散る ひさかたの 天(あめ)より雪の 流れ来るかも
(大伴旅人 巻5 八二二)
(わが庭に梅の花が散る。まるで天空から流れ来る雪のように)
梅の散る様子を雪に例えていることから庭には、白い梅が咲いていたことが伺える。
万葉花(73) ◆梅の花 折りて挿頭(かざ)せる 諸人(もろひと)は 今日(けふ)の間(あいだ)は 楽しくあるべし
(荒氏稲布・こうしのいなじき 巻5 八三二)
(訳;梅の花を折り挿頭(かざ)して遊ぶ人々は、今日一日が楽しいことだろう)
荒氏稲布(こうしのいなじき)という人も宴に参加していたことが伺える。太宰府の地でも梅を頭にかざしていたことがわかる。
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