◆◆平安ゾーンU ◆平安時代の史跡・人々(藤原道長、源義経、後白河法皇etc)

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★法金剛院・・侍賢門院桜 ★侍賢門院陵
 

京都市右京区花園扇野町 
  2009.4


律宗・唐招提寺に属している。この寺は平安時代の初め、右大臣・清原夏野が山荘を建て、死後、双丘寺(ならびがおかでら)と称する寺となった。その頃、珍しい花を植え、嵯峨・淳和(じゅんな)・仁明(じんみょう)帝の行幸を仰いだ。殊に仁明天皇は内山に登られ、その景勝を気に入り、内山を五位に授けられので「五位山(ごいさん)」称するようになった。その後、文徳(もんとく)天皇によって天安寺となった。












【法金剛院と侍賢門院(藤原璋子)

平安時代の末、1130年、鳥羽天皇の中宮・侍賢門院
璋子(たいけんもんいんたまこ)が天安寺を復興し、「法金剛院」とされた。当寺は関西で有数の花の寺として有名である。

侍賢門院は41歳の時、この寺で落飾し、その3年後、44歳で他界された。侍賢門院は第75代崇徳天皇(父は白河法皇)・第77代後白河天皇(父は鳥羽天皇)の母。侍賢門院が他界した10年後に保元の乱が起き、崇徳・後白河の兄弟は対立する。崇徳・後白河天皇は異父兄弟となる。兄弟のねじれた関係が歴史まで変えてしまう。

この寺は桜や蓮の名勝地以外に、最近、侍賢門院の話題でも注目されている。作家の渡辺淳一氏が、2011.6月『天上紅蓮』(てんじょうぐれん)という小説を発表したことでさらに有名になっているようです。


侍賢門院桜

礼堂の斜め前に咲いている枝垂れ桜の侍賢門院桜は圧巻である。そのボリュームと美しさに圧倒されます。いろいろな角度から撮影しました。





































★法金剛院の裏手にある

侍賢門院陵







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