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★武信(たけのぶ)稲荷神社

龍馬・おりょうゆかり

京都市中京区三条大宮西二筋目下る  2010.2



この神社は三条商店街(アーケード街)の南に位置する。貞観元年(859)、西三条大臣・藤原良相(よしすけ)公により創始された。藤原右大臣はこの辺り一帯に、人々の健康長寿を願う医療施設・延命院を建てられた。この一帯は医学の発祥地ともされている。後世、藤原武信(たけのぶ)公がこの神社を手厚く保護したことから、その名をとり「武信(たけのぶ)稲荷神社」と呼ばれてきた。龍馬・おりょうのゆかりの地なので、今年の大河「龍馬伝」で訪れる人も多い。

●鳥居や狛狐の数が多い
















●狛狐 ●拝殿















●本殿












●神木のエノキ・・龍馬とおりょうゆかりの木 ●神社斜めの六角獄舎

このエノキは樹齢850年、高さ23mで京都市天然記念物になっている。平重盛が安芸の宮島厳島神社から苗木を持ってきたと伝わる。

龍馬とおりょうは1864年5月、おりょうの父(楢崎将作)が京都で勤王家の医者をしていたのが縁で出合う。ところが安政の大獄(1858〜1859)で、おりょうの父はこの神社の近くの六角獄舎(写真;マンションの一角)に投獄される。二人も追われる身なので、こっそりこのエノキの陰から六角獄舎の父の安否を気遣う。粛清が厳しくなりおりょうに会えなくなった龍馬は、エノキの幹に自分の名の「龍」の文字を刻み、自分の安否をおりょうに知らせたという。その刻まれた文字を読んだおりょうは知り合いを訪ね、龍馬に無事再会できたという。この時期の推定時期は、1864年5月〜7月ごろと思われる。(二人は同年8月に内祝言を交わしているので)













●縁結びの絵馬が人気












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