◆◆江戸時代 ゆかりの地
★本阿弥光悦京屋敷跡 京都市上京区油小路通り五辻下る東側
2011.6
本阿弥家菩提寺・本法寺の近くに、本阿弥光悦(1558〜1637)京屋敷跡がある。この地は足利時代初期より刀剣研ぎ・拭い・目利きの三事を以て世に重きを成した本阿弥家代々の屋敷跡となっている。本阿弥家でも特に芸術史上で活躍の著しかった光悦が1558年、産声をあげた地である。光悦は本業の三事にいそしむと共に、書道・絵画・茶道・陶芸・・の芸術分野においてたぐいまれな才能を発揮し、芸に遊び風月を楽しんだ。元和元年(1615)、鷹ヶ峯に移るまでの58年間をこの屋敷で生活した。
家康との関係・・光悦の父である本阿弥光二が家康(1542〜1616)の刀研ぎをしていた。その頃から家康と本阿弥家は交流があった。元和元年(1615)・大坂夏の陣以降、家康は光悦に対して9万坪近い、鷹ヶ峯の地を与えた。本阿弥家一族と工匠、総勢200名ほどが鷹ヶ峯に移り住んだ。その家屋敷は50にものぼり、光悦村・芸術村と呼ばれた。移住については諸説があるが、家康が光悦一族の反幕府行動を警戒したため、という説がある。
屋敷跡の南には球技の神様で名を誇る、白峯神社(写真左)がある。
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