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◆金沢城 2005.5.8 

天正8年(1580)に織田信長の命を受けた佐久間盛政が築城、3年後の天正11年(1583)に前田利家が入場して、明治2年(1869)まで加賀藩前田家14代の居城として金沢城がおかれました。その後、終戦まで陸軍の拠点、平成7年(1995)までは金沢大学キャンパスとして利用されたのち、現在は金沢城公園として整備され、人々の憩いの場となっています


















 
●金沢城の石垣・・この城は「石の博物館」と呼ばれるほど、各時代の様々な技法による石垣が見られます。

@野面積み(のづらづみ・加工しない自然石を積み上げたもの)

A打ち込みハギ積み(うちこみはぎづみ・形や大きさをそろえた割石を用いて積み上げる技法)

B切り込みハギ積み(きりこみはぎづみ・石同士の接合部分隙間なく加工して積み上げる技法)




◆石川門
重要文化財に指定されています。金沢城の裏口の門にあたります。この城壁沿いに太いお掘り通りが走っています。手前の橋は石川橋です。金沢城公園の中で、大通りから見えるもっとも目立つ建物です。石垣は打ち込みと切り込みの2通りが使われています。

写真で見える部分は「打ち込みハギ積み」です。ライトアップもきれいです。石川門の櫓(やぐら)には名前が付いていませんでした。この建物全体を「石川門」と呼ぶようです。



































◆菱櫓(ひしやぐら)・・「二の丸広場」に面しています。(写真左)









◆金沢城公園・・芝生の敷地が広大

◆橋爪門続き櫓(はしづめもんつづきやぐら)と五十間長屋(ごじっけんながや)と呼ばれる長い石垣。手前の芝生は「三の丸」広場。

◆戌亥櫓(いぬいやぐら)跡から眺めた、橋爪門続き櫓と「鶴の丸広場」











◆前田利家公の像 

◆地元出身の3人の文豪の像(左から着座の室生犀星・泉鏡花・徳田秋声)

●徳田君の声を修正(秋声)して再生(犀星)したのは今日か(鏡花)




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