万葉人物の本

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「天風の彩王・藤原不比等」上・下　
黒岩重吾　講談社文庫　（２００７．２．２３）

●長い不遇の時代を乗り越え、知謀と強運で権力の頂点を極めた藤原不比等のサクセスストーリー

●持統天皇の補佐として、決断力（ホップ）・勇気（ステップ）・行動力（ジャンプ）の三段跳びで出世

　黒岩重吾
大正１３年（１９２４）年〜平成１５年（２００３．３．７）　大阪生まれ。同志社大学卒業後、様々な仕事に就く傍ら文筆活動をし、『背徳のメス』で直木賞を受賞しました。晩年は古代史小説に重点をおき、昭和５５年、『天の川の太陽』で吉川英治文学賞を受賞しました。「落日の王子」「聖徳太子」など数多くの古代史小説をのこしました。歴史浪漫の作風が評価され、平成４年に菊池寛賞を受賞しました。黒岩氏は古代史小説の第一人者でした。

『天風の彩王　藤原不比等』は、筆者が亡くなる６年前の１９９７年に執筆されたものです。晩年の７３才の頃に執筆したもので、円熟味あふれる作品です。上巻が４３８ページ、下巻が４２８ページと『天の川の太陽』に匹敵するボリュームで、読み進めるのに時間がかかりました。



★【不比等は、国内外の情勢が不安定な動乱期に生まれた】★


●白雉４年（６５３）・・　遣唐使を２５０人以上、唐に派遣する。史（ふひと）の異母兄（母は鏡女王）の定恵（じょうえ・１１才）も一行に加わる

●斉明５年（６５９）・・　史（ふひと〜７２０）生まれる・・父は中臣鎌足、母は車持君与志古娘（くるまもちのきみよしこのいらつめ）

●斉明６年（６６０）・・　倭国と友好関係にあった百済が唐に滅ぼされる。百済の義慈王が唐に連行される。百済の祖国復興戦が始まり、中大兄皇子は百済を全面支援する。

●天智２年（６６３）・・　白村江（錦江河口）の戦いで敗退（倭国；水軍４００艘・陸兵２７０００人）

●天智４年（６６５）・・　中大兄皇子、唐・新羅の防衛のため、近江に都を遷す。史（ふひと）の異母兄の定恵（じょうえ・２３才）は唐から飛鳥に帰還する。百済復興戦で肉親を失った飛鳥の倭人や、百済人に遣唐使が恨まれる。兄・定恵は１２月、何者かによって殺害される。　

●天智７年（６６８）・・中大兄皇子、天智天皇となる

●天智８年（６６９）・・１０月父、鎌足亡くなる。史１１才、山科田辺史大隈（たなべのふひとおおすみ）に養育される

●天智１０年（６７１）・・天智天皇亡くなる。

●天武元年（６７２）・・壬申の乱　史１４才

●天武６年（６７７）・・史１９才、蘇我臣連子の娘、娼子（しょうし・１６才）と結婚する

●天武７年（６７８）・・十市皇女亡くなる。史２０才、やっと無位無冠の官人候補生となる（大舎人・おおとねり）

●天武９年（６８０）・・史２２才、嫡男、武智麻呂（後に藤原南家の当主となる）誕生。後に次男・房前（ふささき・・藤原北家の当主）、三男・宇合（うまかい・・藤原式家宇合の当主）をもうける

●天武１２年（６８３）・・史２５才、継母、鏡女王亡くなる

●天武１４（６８５）・・史２７才、無位無冠だが、草壁皇子の相談相手・朋友的臣下として嶋宮（しまのみや・・明日香村嶋ノ庄・天武天皇の宮）に出入りできるようになる

●朱鳥元年（６８６）・・９月９日、天武天皇亡くなる。史２８才

●持統３年（６８９）・・ ２月、史３１才、女帝持統は、史に判事を任ずる。貴族階級の仲間入りを果たす。直広肆（じきこうし・・令制の従五位下・・貴族の最下位）　同年、４月１３日、草壁皇子２８才で亡くなる

●持統４年（６９０）・・ 持統天皇即位（４６才）、高市皇子（３７才）、太政大臣となる。史３２才、判事として律令の施行に向け働く

●持統７年（６９３）・・藤原京完成、史３５才、天武天皇の妃だった異母妹の五百重娘（いおえのいらつめ、母は鏡女王）と結婚する。このことによって天皇家の縁者となる。後に藤原四兄弟と称される四人目の麻呂（藤原京家の当主）が生まれる。

●持統８年（６９４）・・ 藤原京遷都、史３６才、直大参（じきだいさん）となる。藤原京の近くに邸宅を構える。

●持統１０年（６９６）・・７月１０日、太政大臣・高市皇子が４３才で亡くなる。史３８才、１０月、直公弐（じきこうに・令制の従四位下）となる。そして資人（つかいびと・・貴族階級に仕える者）５０人を賜る。資人を賜るのは通常５０代・６０代ぐらいで、政界で最高位クラスを示す。史は若くしてその地位を得た。

●持統１１年（６９７）・・正月、持統天皇（５３才）の孫の軽皇子（１５才）立太子する。史３９才、娘の宮子を軽皇子の妃にして天皇家との関わりを一層強める。同年８月軽皇子、文武（もんむ）天皇になる。

●文武２年（６９８）・・藤原朝臣姓は不比等だけにしか使えなくなる。不比等４０才、県犬養三千代（あがたいぬかいみちよ）と三野王の離婚を画策し、三千代と結婚する。

●大宝元年（７０１）・・大宝律令施行。２階級進んで正三位となり、官人のトップから２番目に位置する。不比等４３才

●大宝２年（７０２）・・１２月、持統女帝、５８才で亡くなる。不比等４４才

●慶雲元年（７０４）・・不比等４６才、従二位大納言となる。

●慶雲４年（７０７）・・文武天皇、２５才で亡くなる。７月、文武天皇の母・元明天皇に即位。不比等４９才

●和銅元年（７０８）・・不比等５０才、正二位、右大臣に進む。

●和銅３年（７１０）・・平城京に遷都。不比等、興福寺を建立。不比等５２才

●和銅７年（７１４）・・不比等の孫の首（おびと）皇子、１４才で立太子して聖武皇太子となる。不比等５６才

●霊亀元年（７１５）・・元正天皇即位（元明天皇の皇女・氷高ひだか内親王）。不比等５７才

●霊亀２年（７１６）・・不比等・三千代の娘を、孫の聖武皇太子妃にする。不比等５８才

●養老４年（７２０）・・不比等６２才で死去。亡くなったあと正一位太上大臣を贈られる

●天平９年（７３７）・・藤原四兄弟、天然痘であいついで亡くなる。


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【不比等は１１才で、父鎌足を失う。父の財宝は残ったが確固たる後ろ盾を失う。さらに追い打ちをかけるように、天智天皇が亡くなり、壬申の乱が勃発する。壬申の乱では中立の立場をとっていたものの、同じ中臣一族の中臣連金（なかとみむらじかね）が右大臣として近江朝を支持していたので、天武朝のもとでは不比等は沈んだ存在であった。
しかし、天武天皇が病で寝付いたあたりから、不比等は草壁皇子の朋友として宮殿の出入りをするようになる。これは持統の采配によると思う。夫が病気になったので、采配がふるいやすくなったのだと思う】

★強運だった不比等★

�@天武天皇が亡くなり、持統天皇の采配がふるいやすくなった。

�A持統女帝にかわいがられた・・不比等、持統の異母弟説

天智天皇が父・鎌足に妻として与えた釆女の安見児（車持君与志古娘）は既に妊娠していた可能性があるという。そうだとすると不比等は鎌足の子ではなく、天智天皇の子になり、持統とは異母弟になる。確証はないが持統女帝は、不比等は弟だと思っていた可能性もある。不比等自身も天智の子だと思っていたかもしれない。不比等が天皇家に近づいたのは、自分も天皇家の流れをくむ・・という自信があったからなのかもしれない。

�B草壁皇子が早世したことにより、軽皇子を立太子させる為の自分の活躍の舞台が広がった

持統天皇は天武天皇と他の妃との間に生まれた皇子を嫌って、自分の直系の子どもや孫を天皇にすることを望んだ。それを支えたのが不比等である。不比等は持統の孫・軽皇子の立太子を画策して、どんどん重要なポストについていく。

�C天皇候補の高市皇子が亡くなり、軽皇子が天皇になりやすくなった

�D持統女帝が長生きした

持統あっての不比等は、持統女帝が早世していたら志半ばで、出世も中途半端なものに終わったに違いない。


【大宝律令・養老律令で律令体制を整えた、蔭の立て役者・不比等の功績は偉大である。天皇の直系の親族を天皇にする新しい改革を行ったのも不比等の知恵による。持統女帝の時代の要請にピッタリはまったのが不比等である。不比等は３０代から４０代にかけて出世街道をばく進する。

不比等のすごいところは、女帝に気に入られる仕事をしっかりしつつ、自らも積極的に天皇家と姻戚関係を深め、しかも軽皇子の養育係だった三千代を夫と離婚させて、自分の妻にするという大胆で破廉恥な行動です。目的のためには手段を選ばない行動力に圧倒されます。

そして自分の娘を軽皇子（文武天皇）の妃に差し出し、孫を聖武天皇に、もう一人の娘・光明子を聖武天皇の妃に・・。通常ではあり得ない姻戚関係を構築してしまう不比等のしたたかさに驚く。さらに、首皇子（後の聖武天皇）の健康と立太子のために平城京遷都も画策し、実現させた。平城宮の敷地に自分の邸宅も構えた。

不比等は自らの知力と大胆な行動力で権力を手中におさめ、不動のものにした。この原動力は人生の前半の不遇時代に培われたと思う】

【写真；
�@�A藤原京跡（奈良県橿原市木之本町　６９４〜７１０）・・不比等の邸宅は藤原宮の近くにあった

�B平城宮跡・朱雀門（奈良市法蓮寺町　７１０〜７８４）・・不比等が平城京遷都を提案　

�C平城宮跡・東院庭園（奈良市法蓮寺町　７１０〜７８４）・・この庭園の両側に不比等邸があった　

�D�E興福寺・五重塔・東金堂（奈良市登大路町）・・７１０年に不比等が建てた藤原家の氏寺。東金堂は聖武天皇が７２６年に建てたもの

�F法華寺（奈良市法華寺町）・・光明皇后が、父・不比等の邸に天平１３年（７４１）、総国分尼寺として建てた】


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