◆◆平安ゾーン ◆平安時代の史跡・祭り・人々(桓武天皇、菅原道真、安倍晴明、源義経etc)

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(2006.10.22) 京都御所〜平安神宮(2kmの巡行)

第102回・時代祭@・・「京都御苑で待機する参列者」

●「平安遷都(延暦13年10月22日)1100年」を記念
して明治時代に始まる

●都起こしの一環で始まった祭り・・「悠久の都」をアピール・・京都の伝統文化の危機を救う

●平安時代〜明治時代の1100年にわたる文物・風俗の華麗な歴史絵巻

★「平安神宮」と「時代祭」の関係

都が平安京に遷都されてちょうど1100年目にあたる明治28年(1895)に、平安遷都を記念して「平安神宮」が鎮座し、桓武天皇・孝明天皇の御神霊を祀りました。それにともなって平安神宮の維持や祭りの挙行に市民が1日1厘のさい銭を奉納することが提案され市民が祭りを運営する組織作りが行われました。こうして全市民による平安神宮の崇敬団体「平安講社」が組織され、その事業のひとつとして、平安遷都の記念日に御神幸の祭儀を執行することになりました。これが「時代祭」です。

★「時代祭」・・衰退が加速した京都を何とか復興させなければ・・という先人の思いから発祥

京都は今では日本で最大の観光地、世界の京都となっていますが、時代祭が始まった頃の京都は明治の始めの東京遷都によってかつての華やかさを失い、寂れる一方でした。蛤御門の変で街の多くが焼け、廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)や文明開化の動きが古都の伝統破壊に拍車をかけていました。明治6年・御所が5千円、二条城が1万円で売りに出されたという話が残るほど京都の伝統は軽くみられるようになりました。天皇がいなくなった都は精神的主柱を失い、廃墟と化すかのような有様でした。

このような状況の中で京都を復興させるためには、市民が自発的に参画できる巨大プロジェクトが必要でした。「@1100年祭に因む内国博覧会の開催・A平安神宮創建・B時代祭」の3つのプロジェクトが組まれました。このプロジェクトが功を奏し、京都は伝統文化の拠点として人々の注目を集め、かつての華やかさを取り戻し復興するに至りました。


●京都御所・建礼門前

桓武天皇・孝明天皇を祀った
鳳輦(ほう れん)2基が置かれています。この鳳輦(ほう れん)は、今朝午前8時に平安神宮で神幸祭で用いられたものです。錦蓋や時代祭の旗も飾られていて祭列の終わりの方で使われ、平安神宮に再び戻されます。














●平安講社の参加者は何ヶ月も前から隊列や着付けの練習を重ね、祭り当日も早朝から着付けして京都御苑で待機します。こうした市民の地道な努力が祭りを支え、先人の京都復興への思いを現代まで受け継いでいます。

●出発前のようす
「白川女献花列」に参加する女性や、江戸・平安時代に参加する人たち
















●高級馬がいっぱい待機しています 

●白馬の馬車は祭列の先頭で、京都府知事が乗ります














●「神饌講列」「前列」のみなさん

男の子4人は、胡蝶の衣装で参列します。祭列の後方なのでゆっくり待機できます。

















●「神幸列」のみなさん

黄褐衣をまとい、鳳輦(ほう れん)をひっぱります。出番は最後から2番目なのでまだまだたっぷり時間があります。カメラを向けるとポーズをとってくれます・・おおきに(ありがとう)。















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